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2011年9月

9月後半部経会開催!

昨日9月29日、9月後半の部経会を開催致しました!

この日の会場は、洛西にある大妙寺さま!
大妙寺さまは、九老僧のお一人・妙音阿闍梨日行上人のご開山で、
元々洛中に建立された「京都二十一箇本山」の一つでありました。

かつて、京都は民衆の大半がお題目を唱える、「法華の巷(ちまた)」となった時代がありました。
時は中世、洛中には、21もの本山が軒を連ね、
商人・町衆を中心にお題目の信仰が広がっていきました。
しかし、この法華信仰の勢いを恐れた既成教団は、法華の寺院をことごとく焼き討ちし、
大妙寺さまも例に漏れず、灰燼に帰してしまいました。
これを「天文法難」といいます。

その後、妙顕寺の境内地に再興し、さらに近年になって現在の地に移りました。

そんな由緒ある大妙寺さまで、一心に部経を読誦させていただきました。

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この大妙寺さまには、伝教大師御作といわれる
三宝荒神さま」がお祀りされています。

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さて、次回の部経会は、

10月14日(金)14時~ 大本山 妙顕寺さま

にて開催いたします。ご参加お待ち申し上げます。

50周年事務局 拝

9月例会☆

昨日9月28日、9月の例会を墨染寺にて開催しました。

修養道場も終わって早一ヶ月。
ホッと一息。。。
と、いかないのが京都の青年会up
中だるみしそうな雰囲気の中、様々な議題を検討し、
会議が終わったのは日付が変わる直前・・・
夏が終わっても青年会の精進は終わりませんpout

さて、今月の主な議題は、

まず、修養道場の総括・並びに反省!!
今年度の反省点を次年度に活かすべく、多くの時間を割きました。

続いては、

来年平成24年3月に開催する、インド団参!!

なんと、このインド団参の検討の時間に、
昨年度に卒会された鶏内上人がわざわざ駆け付けて下さいました!!
鶏内上人は青年会は卒会されましたが、インド団参の担当という事で、
団参が終わるまでは、一緒に仕事をして下さるとの事note
鶏内上人、宜しくお願い致します!!

その他の50周年事業についても検討が行われました。
いよいよ50周年事業も実働の時期に入ってきました。
何卒、皆様のご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。

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※注)写真手前の人物は、ピースをしている訳ではありません(笑)

インドのご紹介 その⑤

以前からお知らせしておりますように、
京都日蓮宗青年会では、来年平成24年3月

「インド仏跡参拝の旅」

と題したインド団参を企画しておりますhappy02

平成24年の3月3日(土)~11日(日)の9日間
青年僧と共に、仏教の聖地インドにて、お釈迦さまの足跡を辿る、信仰の旅でございます。
詳しくは、コチラ

この団参開催に当たりまして、以前から、今回訪問するインド各地の紹介記事を掲載して降ります。
今回は、その第5弾!!
ということで、お釈迦さまが悟りをお開きになられた聖地、
「ブッダガヤ」をご紹介いたします!

■ブッダガヤ

インドの東部・ビハール州のネーランジャヤー河(尼蓮禅河)のほとりに位置します。
お釈迦さまがお悟りを開かれた聖地で、仏教の四大聖地の一つに数えられています。
ブッダガヤの中心には2002年に世界遺産に登録された
「大菩提寺(マハーボディ寺)」があります。
大菩提寺には、高さ52メートルを誇る大塔や、
お釈迦さまが悟りを開かれる際にお座りになられていた「金剛法座」、
その後ろにそびえていた「大菩提樹」など見所が数多くあります。
またブッダガヤは、「仏教最大の聖地」とも言われ、
世界各国の寺院(日本寺・中国寺・ネパール寺・ミャンマー寺など)が集まっており、
世界各国から数多くの僧や参拝者が訪れます。

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◎大菩提樹、金剛法座
お釈迦さまは、出家されたのち約6年間の苦行の日々を過ごされます。
そんな苦行の 果てにお釈迦さまは、
「体を痛めつけるだけの苦行では、決して悟りは得られない」と考えられ、
苦行を捨て、尼蓮禅河で傷ついた体を癒され、菩提樹の下で瞑想に入られます。
そのお釈迦さまが瞑想されていた場所こそが、
この大菩提寺にある「大菩提樹」「金剛法座」なのです。
大菩提樹は、現在3代目と伝えられており、
当時の菩提樹から挿し木をとって現在まで受け継がれていると言われています。
金剛法座は大菩提樹の下にあり、
アショーカ王が紀元前3世紀、お釈迦さまが悟りを得られたその場所に、
「仏教で最も重要な聖地」
として記念するために、石を置いてお祀りしたものです。

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◎前正覚山
前正覚山は、お釈迦さまが悟りを開かれる前に、苦行をされていた山です。
苦行を終えられ、乳粥の供養を受けられた尼蓮禅河のほとりのスジャータ村から、
大菩提寺の大塔を背にして、正面を眺めれば、前方に前正覚山が望まれます。
山中には、苦行したとされる洞窟や苦行林の跡が残されています。

すっかり秋ですね。るふ197号(秋彼岸号)です。

 「るふ」とは「流布」で、「世に広まること」を意味します。仏教的なお話を一般の皆様に広く知っていただこうと毎年4回(お盆、秋彼岸、正月、春彼岸)発行させてもらっている小冊子です。

この度、秋彼岸号(197号)が完成しました!200号まであと少し!!

今号の表紙は、青年会いち頭のキレるお坊さん!今井上人の自坊!大立寺です!!

表紙は本堂よりも赤く染まった紅葉を主体に。目の付けどころがシャープな表紙になっています。

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今号の「教えてお坊さん~Q&A~」は、「49日が3ヶ月にまたがるといけないのですか?」という質問にお答えいたしました!そういえば皆さん親戚の方から聞いたことのあるようなお話じゃないですか?。いったいどうなんでしょう?今回は特別に結論をいいましょう!3ヶ月にまたがっても全然大丈夫です!「え?なんで?親戚のおばちゃんゆーてたよ!」と思われた方は「るふ」を読んで下さい!

3〜4面のカラーページの「ジャータカ物語」は「あわてうさぎ」です。うさぎさんが主人公の作品は2回目です!あわて者のうさぎがたくさんの動物を巻き込み大騒動をおこしちゃいます!そこでやっぱり黙っていないのが百獣の王ライオンですw結論をいいますと....ライオンさんはうさぎさんを....食べません!よかった!皆さん安心して読んで下さいw

5〜6面の「日蓮宗を取り巻く人々」は、満を持して登場!6老僧のお一人「佐渡阿闍梨日向上人」です!結論をいいますと....やっぱりすごいお方です。。。

「るふ」は、青年僧が、たくさんの方に仏教を知っていただけるようにわかりやすく書いておりますので、少しでも仏教に興味のある方は是非とも読んでみて下さい。

個人の年間購読料(年4回発行)は600円(発送料込み)です。一回だけの購読でも結構です。メールアドレス kyotonissei@aol.com までご連絡下さい。追って、担当の者が連絡差し上げます。皆様のご連絡お待ちしております

台風で・・・

藤井です。
台風によって各地で水害などの被害がおこっております。
ノロノロから一転、速度を上げて北上しているようですが、まだまだ予断を許さない状況でしょう。
ブログをご覧の皆様、引き続きご注意ください。

我が家はというと、今朝7時頃に幼稚園から「警報が出そうなので、今日は休園とします」との連絡網。
おかげで我が家の中は朝から子供が走り回り、台風のような有様でした。

なんて、冗談を言っているだけならよかったのですが、先ほどお参りから帰宅しますと、なんということでしょう。
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境内にお祀りしていますお稲荷様の鳥居が・・・。
もともと痛んでいたのですが、今日の強風によって倒れてしまいました。
皆様のお家やお寺に被害が出ません事を心よりお祈り申し上げます。


晨朝説教、ご聴聞♪

昨日9月14日は、8月31日より2週間にわたって開催されていた、日蓮宗布教院(お説法の勉強をする修行場)の最終日でした。

この布教院では、毎朝「晨朝説教」というのが行われていて、布教院に入られているお上人方の法話を聴聞することができます。
その最終日の晨朝説教に登場されたのが、我らが京日青の前会長・上田尚史会員!
上田上人は今回、布教院5回目の入行で、今回をもって布教院を卒業されます。
布教院5回卒業と言えば、全国的にも有名な布教師の方がいらっしゃり、京都では2人目の5回成満ということで、
青年会でも是非お祝いさせて頂きたい!と思い、7名でご聴聞に伺ってきました!

この日は、「お祖師様と下種結縁」という題でお話されました。
ご自坊で結成された「信徒青年会・広宣流布会」のメンバーで、祖山・身延山を参拝された時のエピソードを下に、私たちとお祖師様とのつながりについて、ユーモアを交えてお話下さいました。

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ご法話の最後に上田上人は「この布教院はただ言説布教を学ぶ場にあらず、新たな布教への出発式、四海帰妙への第一歩と確信しています」とのお言葉を話されました。
そのお志の高さに感動するとともに、私たちもこのままではいかん、もっと精進しなければ!と決意させていただきました。

ご法話を終えられた上田上人に、青年会一同でご卒業の記念品を会長から手渡していただきました。
その様子を写真におさめました♪

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上田上人、15日間誠にお疲れ様でございました!!

事務局 拝

8月部経会&9月前半部経会開催♪

残暑厳しい日々が続きますねsweat01
もうすぐお彼岸、早く涼しい日が来てほしいものです。

さて、ご報告が遅くなりましたが、8月と9月前半の部経会の報告をさせて頂きますnote

8月26日、墨染寺にて8月部経会を開催致しました。
墨染寺は、筆者がご給仕させて頂いているお寺ですが、本堂に冷房がついておりませんsweat02
さらに、この日は猛暑…sun
一同、汗だくになりながらの読誦となりました。

そんな中、この日は8月27日の日蓮聖人の四大法難の一つ・松葉ヶ谷(まつばがやつ)のご法難の前日ということで、日蓮聖人のご功労を偲んでご回向させて頂きました。

このご法難は、日蓮聖人の国家諫言の書『立正安国論』を、時の執権・北条時頼に提出したところに端を発します。
『立正安国論』を献じてから40日目に当たる8月27日、
念仏信者や日蓮聖人を快く思わない武士たちが、
当時、日蓮聖人が住処にしていた松葉ヶ谷のご草庵に、大挙として押し寄せ、
ご草庵に火を放ち、日蓮聖人を焼き殺そうという狼藉をはたらきました。
ご草庵は全焼しましたが、日蓮聖人は奇跡的にもこの窮地を脱出され、事なきを得ました。
このご法難については、日蓮聖人自ら『下山御消息』というご遺文に、その当時の異常な状況について書き綴られております。
詳しくはコチラを御覧下さい♪

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さらに先日9月12日、南真経寺さまにて9月前半の部経会を開催致しました!

南真経寺さまは、過去の記事にもあると思いますが、
京都にお題目を最初にお弘めになられた、龍華樹院日像上人が御開山のご寺院です。
先日、屋根の修復を終えられ、落慶法要を済ませられたばかりの開山堂にて読誦させて頂きました。

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この日9月12日は、日蓮聖人の龍口法難のご聖日にあたり、ご回向させて頂きました。

「悪口(あっく)の咎」の再犯という名目で、佐渡へ流罪となってしまった日蓮聖人。
鎌倉市中引き回しの末、龍ノ口の刑場に護送されました。
これは、佐渡へ流罪というのは表向きで、実際には、龍ノ口で首をはねるというのがねらいでした。
龍ノ口の首の座につかれた日蓮聖人。
太刀取り依智の三郎直重、名刀・蛇胴丸の鞘を払い、まさに首をはねようとしたその時、
江ノ島の方、辰巳(東南)の方より戌亥(北西)の方へと、満月の如くの光るものがサーっと流れ、
三郎直重は目がくらんで倒れ、そばにいた兵士などは、恐れをなして逃げ去ってしまいました。
こうして日蓮聖人はここでも奇跡的に一命をとりとめられ、斬首は中止、予定通り佐渡へ流罪となられるのでした。
詳しくはコチラを御覧下さい♪

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さて、次回の部経会ですが、
9月29日、大妙寺さまにて開催致します。
皆様のご参加、心よりお待ち申し上げます。

50周年事務局 拝

ふるな塾♪

昨日9月5日、京都一部宗務所3Fにて開催された「ふるな塾」に行って参りました。
この「ふるな塾」は、京都の布教師会の主催で、僧侶の基本である「お説教」を基礎から教え、理論と実践を通じて、布教師を養成すべく開催されております。
講師は、布教院を5回出られ卒業された布教師、実成院ご住職・中村智亮先生
昨日は、そんな「ふるな塾」の第13回目の講座でした。

個人的に、非常に興味深いテーマについてのお話を聴聞し、大変勉強させて頂きました!
今、少し疑問に感じている教学的な話題が目白押しで、食い入るように聴聞させて頂きましたhappy02

…と偉そうに書いていますが、実は筆者、13回開講されたうち、3回しか出席しておりません…sweat01何ともお恥ずかしい…
しかし、心を改めて次回からは積極的に出席させて頂こう!と心に誓いましたflair

追伸:講義に夢中で、写真を失念しておりました…申し訳ございませんcoldsweats01

日暮 拝

ルルゲさん

藤井です。
今日は、京都の日蓮宗僧侶や檀信徒の方々にもあまり知られていないスポットを紹介したいと思います。

京都の日蓮宗といえば、日蓮聖人の孫弟子にあたる日像上人の御功績がなければ、今日の繁栄は無かったと言っても過言ではありません。大本山妙顕寺、深草の宝塔寺、向日町の鶏冠井(北・南真経寺)など、日像上人の布教された足跡は数多くあり、今なお篤い信仰を伝えています。
ですが、ご存知の通り、その布教の道程は決して簡単なものではありませんでした。
北陸路における度重なるご法難、「三蟄三赦」(さんちつさんしゃ)と呼ばれる三度にもわたる都からの追放・・・。しかし、日蓮聖人より帝都弘通の遺命を受けた日像上人の決意は固く、度重なる難にも怯む事なく布教を展開し、ついに妙顕寺を開き、天皇家の勅願所となるのでした。

前置きが長くなりましたが、そんな日像上人の布教活動を今に伝える一つの題目塔をご紹介します。
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この写真の題目塔は「安堵の塔」と呼ばれる石塔で、嵯峨にあります。丸太町通を嵐山へ向かって西へ、ケーヨーD2(旧嵯峨ニック)の角を南へ曲がると住宅地の一角にあります。

正和3年(1314)、46歳の日像上人は車折神社の前に立ち、道行く人々へ法華経、お題目を弘めるべく弁を振るっていました。しかし、それを聞いた他宗の信徒は、日像上人に迫害を加えようと襲いかかってきました。この時、日像上人は、近くにあった兜塚古墳に身を隠し、なんとか難を逃れる事が出来ました。そして、安堵した日像上人は、感謝の想いを込めて、古墳の石蓋に波ゆりの題目を刻まれたと伝えられています。

この故事から、「安堵の塔」は災難をよける功徳があると伝えられ、今日でも「ルルゲ(龍華)さん」と呼ばれて親しまれています。
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寺院ではありませんのでなかなか訪れる事はないかと思いますが、お近くへ御用がおありでしたら、立ち寄ってみられては如何でしょうか。


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